2019年11月24日に行われた, 2020年ヨーロッパ女子数学オリンピックへの日本代表一次選抜試験の全4問について, 解答例の提示および解説を行います.
EGMO 日本代表一次選抜とは?
2015年に始まり, 毎年11月下旬に全国数会場で開催されているこの試験は, 4時間で基本的に4分野それぞれから出題される全4問を解く形式となっています. 通過者は10名前後で, 通過ボーダーは1完~2完とさほど高くありません. しかしながら, 二次試験として機能するJMO予選に実際どれほどの比重が置かれているかは不明であり, いざ日本代表の座を確実に仕留めようと思うと本質的には3完以上は欲しいのではないかと思います. とはいえ, 出題される問題のほとんどは高々JMO2番級というところであり, 確実に基礎が固まっている人であれば安定した高得点が期待できます.
EGMOは総合的に資料が不足しているため, 手を出しづらいと思うのも無理はないと思います. そんな皆さんへの一助となれば幸いです. 依然として日本女子への数オリの浸透はまだまだ薄いものであり, 一定の訓練さえ積めば万人に日本代表のチャンスがあると言っても過言ではないでしょう. 地方の人には少しハードルが高いかもしれませんが, ぜひチャレンジしてみてほしいと思います.
なお問題文はこちらに依っており, 著作権は数学オリンピック財団に帰属します. また解答例はこちらで独自に作成したものであり, 財団が公式に発表しているものではないことをご了承ください.
セット概観
ボーダーが15点である通り, 例年に比べて全体としての難易度は低めであるものの, 地力が諸に見えるセットでしょう. 特に奇抜な問題も出ておらず, 実力者であれば短時間でそつなく全完を狙いたいところです (実際に本番でも満点が出ています).
問1と問3は実に標準的な出題です. 問2の組み合わせはEGMOらしい問題であると言えます. なぜかEGMOは執拗にマス目に関連する問題を好む傾向があり, 一次選抜でもその傾向に則した問題が定期的に出題されています. 特筆すべきは6年目にして初の出題となった関数方程式でしょう. 実際には関数方程式らしい議論をほとんどせずとも解けてしまうのですが, やはり面食らった人もいたようです. しかしEGMO自体への関数方程式の出題は決して珍しくないため, むしろここまで一次選抜での出題が無かった方が不思議とも言えるかもしれません.
何が出ても大丈夫なような, 幅広い対応力を身に付けていきましょう.
解答・解説
$\dfrac{2^{a+b}+1}{2^a+2^b+1}$ が整数となるような正の整数の組 $(a,b)$ をすべて求めよ.
一般性を失わず $a\geqq b$ としてよい. 与式は以下のように変形できる. \[\dfrac{2^{a+b}+1}{2^a+2^b+1}=1+\dfrac{2^b(2^a-2^{a-b}-1)}{2^a+2^b+1}\] ここで $2^a+2^b+1$ は奇数であるから, 与式が整数であることは $\dfrac{2^a-2^{a-b}-1}{2^a+2^b+1}$ が整数であることと同値である. ここで明らかに $2^a-2^{a-b}-1<2^a+2^b+1$ より, $2^a-2^{a-b}-1=0$ が必要十分条件である. $2^{a-b}$ が奇数であることから $a=b$ が必要で, 特に $(a,b)=(1,1)$ が唯一の解であることが示された.
分数型の不定方程式を目にしたときに, 統一的に考えるべきなのが以下の事実です.
$x/y$ が整数であるとき, $x=0$ または $|x|\geqq |y|$ である.
これは主張としては全く明らかなものですが, 分子の方が小さいことが確定されれば直ちに分子は $0$ であることが従うという点において, かなり強力であることが感じられるのではないでしょうか.
しかし普通は安直には使えません. 適切に整数を括り出してくることで, そのような形を創出する必要があります. 例えば, 分子・分母がともに同じ文字の多項式であれば, これは以下のように一般的な変形です. \[\frac{n^3-n+9}{n+2}=n^2-2n+3+\frac{3}{n+2}\]
では今回はどうすれば良いでしょうか?次は以下の事実がカギになります.
$ax/y$ が整数であり, $a$ と $y$ が互いに素であるとき, $x/y$ は整数である.
今回は $2$ べきが中心人物でありながら, 分母が奇数であることから, 大きな $2$ べきを括り出そうという発想に自然に至れるのではないでしょうか.
今のところ一次選抜では, ${\rm mod}$ の観察よりも大小評価を基軸にした不定方程式の方が多く出題されています. ある意味で整数論というより代数的な視点かもしれませんが, 整数の美味しいところの一つは離散性です. 常に念頭に置くようにしましょう.
なお冒頭の大小の仮定はおまじないのように書かれていますが, いくつかの文字に対称性があるときは一定の制限を付けておくと美味しいことが少なくありません. 特に大小関係は顕著な例でしょう. この勘は慣れるしかありません.
$k$ を正の整数とする. 図のように $(2k+1)\times 1$ のマス目と $1\times(2k+1)$ のマス目をそれぞれの中央のマスが一致するように重ね合わせてできる十字型のタイルをピースとよぶことにする. 平面上に $9\times 9$ のマス目と $9$ つのピースがあり, 以下の条件をみたしている.
- ピースの中央のマス (図の網目のかかっているマス) は $9\times 9$ のマス目のいずれかのマスに一致しており, $9\times 9$ のマス目の各行各列に $1$ つずつ存在する. また, どの $2$ つのピースも重ならない.
このようなことがありうる最大の $k$ を求めよ.
工事中
工事中
平行四辺形 $ABCD$ があり, 直線 $AB$ 上に点 $E$ がある. $A,B,E$ はこの順に並んでおり, $BC=BE$ をみたす. $A$ から 直線 $CE$ へおろした垂線と線分 $AE$ の垂直二等分線の交点を $X$ とするとき, $4$ 点 $A,B,D,X$ は同一円周上にあることを示せ. ただし, $ST$ で線分 $ST$ の長さを表すものとする.
解法1. $\angle BAD=2\theta$ とおくと, 平行四辺形の条件より $\angle ABC=180^{\circ}-2\theta$ であり, $BC=BE$ より $\angle BEC=\angle ABC/2=90^{\circ}-\theta$ を得る. さらに $\angle BAX=90^{\circ}-\angle BEC=\theta$ である.
ここで $AD=BC=BE$ かつ $AX=EX$ であるから, 以下より三角形 $ADX$ と $EBX$ の合同が従う.\[\angle BEX=\angle BAX=\theta=\angle BAD-\angle BAX=\angle DAX\]よって特に $\angle ADX=\angle EBX$ であるから, 円周角の定理の逆より題意は示された.
解法2. 点 $A$ が原点, 直線 $ABE$ が実軸にあたるような複素座標を設定し, $B(t),D(\alpha)$ とおく. ここで $t$ は実数である. また $AD=1$, すなわち $|\alpha|=1$ としても一般性を失わない. このとき $E(t+1)$ であり, $AE$ の中点を $M$ とすればその座標は $(t+1)/2$ である. さらに平行四辺形の条件より $C(\alpha+t)$ である.
$X$ の座標を $z$ とおき, 以下これを求めよう. まず $AX\perp CE$ より \[\frac{z-0}{(\alpha +t)-(t+1)}\in\mathbb{R}i \iff \frac{z}{\alpha-1}+\frac{\alpha\overline{z}}{1-\alpha}=0 \iff z=\alpha\overline{z}\] ただし $|\alpha|=1$ より $\overline{\alpha}=1/\alpha$ を用いた. また $MX\perp AB$ より \[\frac{z-\frac{t+1}{2}}{t-0}\in\mathbb{R}i \iff \left(z-\frac{t+1}{2}\right)+\left(\overline{z}-\frac{t+1}{2}\right)=0 \iff z+\overline{z}=t+1\] これらを連立させることで $z=\dfrac{\alpha(t+1)}{\alpha+1}$ がわかる.
いま示すべき事実は $A,B,D,X$ の共円 であったが, これは以下より成立する. \[\frac{\alpha-t}{\alpha-0}\times\frac{z-0}{z-t}=t+1\in\mathbb{R}\]
見え見えの回転相似でした. とりあえず自明なangle-chaseだけでもかなりの角度がわかるので, 結論から逆算して同値な等式をいくつか考えてみると自然と気付けるのでは無いでしょうか. 勘の良い人は妙な等辺の条件を見た時点で察せるかもしれません.
解法2はみんな大好き複素計算を用いたものです. 条件に円が全く登場しないこの問題で好相性であることは容易に理解できるでしょう. 問題は座標の設定の仕方です. もちろんどれでも本質は変わらないのですが, 途中の手間が劇的に変わる可能性があります. 今回は等辺条件が最も厄介でしょうから, そこは実数のまま扱うのが一番嬉しいです. また $|\alpha|=1$ という仮定は共役を取る段階でも威力を発揮します. 例えば三角形が主役になる問題では, その外接円を単位円に設定しておけば多くの場合は間違いないでしょう.
受験数学的なテクニックにも見える複素座標で数オリの問題を倒すのは, どこか邪道のような心持ちもするかもしれませんが, 何の問題もありません. 数オリで評価されるのは美しさではありません. 半ばの道のりはどうであれ, 最終的に論理として正しければ必ず満点が降ることを忘れないようにしましょう. 8点は8点です.
正の整数に対して定義され正の整数値をとる関数 $f$ であって, 任意の正の整数 $m,n$ に対して \[\dfrac{m+f(f(n))}{f(m)+n+1}\] が整数であるようなものをすべて求めよ.
解法1. $P(f(n),n)$ より以下は正整数である. \[\frac{f(n)+f(f(n))}{f(f(n))+n+1}=1+\frac{f(n)-n-1}{f(f(n))+n+1}\] これより $f(n)\geqq n+1$ であり, $n$ を $f(n)$ で置き換えて $f(f(n))\geqq f(n)+1$ でもある. しかしこのとき \[0\leqq f(n)-n-1\lt f(n)+n+2\leqq f(f(n))+n+1\]より, 任意の $n$ に対し $f(n)=n+1$ が必要であることが示された. 特にこれは明らかに与式をみたす.
解法2. 十分大きい素数 $p$ について $P(p-f(f(n)),n)$ より $f(p-f(f(n)))+n+1$ は $p$ の約数であり, 特にこれは $p$ である. したがって $P(p-n-1,p-f(f(n)))$ より以下が正整数となる. \[\frac{p-n-1+f(p-n-1)}{f(p-n-1)+(p-f(f(n))+1)}=1+\frac{f(f(n))-n-2}{f(p-n-1)+(p-f(f(n))+1)}\] ここで $p$ は任意に大きくとれることから, $f(f(n))=n+2$ が必要である. これを与式に代入することで \[\frac{m+n+2}{f(m)+n+1}=1+\frac{m+1-f(m)}{f(m)+n+1}\] が正整数である. よって右辺において $n$ を十分大きくとることで, 任意の $m$ に対し $f(m)=m+1$ が必要であることが示された. 特にこれは明らかに与式をみたす.
この問題で重要なのは, $f(f(n))$ という「良くわからない項」をどう処理するかという問題です. そこで解法1は分母に同じ形を作りに行きました. 基本的に分数の形をした式が整数であるという状況においては, 分子の形に方が重要ですから, これを整理しに行けば良いのです. 残りの本質は問1と同じです. 結果としては最初の代入だけで解決してしまっているのでなんだか呆気ないですね.
しかし普通はここまであっさりとは片付きません. そこで汎用性のために提示したのが解法2です. 見ればわかりますが, キーポイントは以下の二つです.
- 無理やり素数を作る
- 分母だけに現れる文字を作る
もし分子に素数 (あるいは弱く素べきなど) を作ることができれば, 分母としてあり得る形はかなり限られてきます. するとほんの一部ケースだけだとしても, $f$ の返す値が確定することがあり, 後で有用に使えることがあります. 今回は分子の $m$ に余裕がありますから, ここで色々と遊ぶことができます.
二つ目は解法2を通じて二度用いられています. 今回は分母では $n$ に余裕がありますから, なんとか $f(f(n))$ を片付けてこれを利用したいと思ったときに, 上述のテクニックとの併用は自然な発想として思い描けるでしょう. 高度テクではありますが, 慣れれば一本道です.
もし解法2が想定の問題であれば何段階か難易度は上がるのではないでしょうか. 応用はこちらなど.